若いOLの美咲は、都会の大手企業で働いている。仕事は忙しいが、充実感もある。だが、彼女には一つ大きな問題があった。先輩の絵里に、いつも雑用を押し付けられてしまうのだ。

「美咲、これコピーしておいて。あと、会議の資料もまとめておいてね」と絵里は当たり前のように言う。美咲は困りながらも、「はい、分かりました」と答えるしかなかった。

絵里にとって、美咲はまるで自分の母親のような存在だった。絵里の母親はいつも家事や身の回りのことを全て引き受けてくれて、絵里が困ったときには必ず助けてくれた。そのため、絵里は美咲にも同じような期待を持っていた。

「美咲は私のことを見捨てない。困った時にはいつでも手伝ってくれる人だ」と絵里は信じていた。絵里は美咲が世話を焼いてくれることを当然のように思っていた。美咲にとって、それは重荷になっていることに気づかず、絵里はどんどん雑用を押し付けていた。

絵里は美咲を「都合のいい人」として見ており、あたかも母親が自分の世話をしてくれるように、美咲も自分の面倒を見てくれると勘違いしていた。しかし、これは職場における健全な関係とは言えず、美咲にとっては大きな負担となっていた。

美咲は毎朝会社に向かう電車の中で、今日もまた絵里先輩の雑用をこなさなければならないのかと考えると、胸が重くなるのを感じた。絵里先輩が何かを頼んでくる度に断りたいと思うが、どうしても「NO」と言えない自分がいた。

「どうして私はいつも断れないんだろう」と、美咲は繰り返し自問した。彼女は人を助けることが好きだったし、絵里先輩に対してもできる限りのことをしたいと思っていた。しかし、その気持ちが彼女自身を追い詰める結果になっているとは思いもしなかった。

毎日のように追加される雑用が増えるたびに、美咲は自分の仕事に集中できなくなっていた。自分のデスクに戻るたびに溜まっていく未処理の書類の山を見て、ため息をつくことが増えていた。

「このままでは自分の仕事が終わらないし、何よりストレスで押しつぶされそう」と美咲は心の中で叫んだ。自分が頼まれることを全て引き受けていることで、同僚たちにも迷惑をかけているのではないかと考えると、自己嫌悪の気持ちが強くなった。

ある夜、家に帰っても仕事のことが頭から離れず、眠れない美咲は布団の中で涙を流した。「私がこんなに苦しいのに、絵里先輩は何も気づいてくれない。それどころか、ますます頼みごとが増えていく」と悔しさと悲しさが混じり合った感情がこみ上げてきた。

翌朝、鏡に映る自分の顔を見て、美咲は改めて疲れ果てた自分の姿に気づいた。「このままじゃダメだ」と心の中で強く決意したが、それでも具体的にどう行動すればいいのかが分からず、ただ時間だけが過ぎていった。

美咲は職場の同僚や友人にも相談できずにいた。「弱音を吐いたり、助けを求めたりするのは恥ずかしいことだ」と思い込んでいたからだ。しかし、心の中では誰かに話を聞いてもらいたい、自分の気持ちを理解してもらいたいと強く願っていた。

ある日の昼休み、偶然にも同僚の彩が美咲の様子に気づいて声をかけてくれた。「美咲、大丈夫?最近元気がないみたいだけど」と言われた瞬間、美咲の心の堰が崩れた。涙をこらえきれず、全てを打ち明けた。

「彩、どうしても絵里先輩にNOと言えなくて、毎日が本当に辛いの」と涙ながらに語った美咲に、彩は優しくアドバイスをくれた。「自分の限界をはっきりと伝えることが大切だよ。それがあなた自身のためにも、職場全体のためにもなるんだから」と言われ、美咲は少しだけ心が軽くなった。

この瞬間が、美咲にとって大きな転機となった。自分の気持ちを率直に伝えることで、少しずつ状況を改善していけるかもしれないと希望を持ち始めた。

翌日、美咲は意を決して絵里に話しかけた。「絵里先輩、少しお話があります」と言って、落ち着いた場所に移動した。

「いつも先輩のために頑張りたいと思っているのですが、最近は自分の仕事も手一杯で、先輩のお手伝いが難しくなっています」と美咲は率直に伝えた。「先輩のことを大事に思っているからこそ、正直に言います。私も自分の仕事に集中しないと、会社全体にとって良くない結果になってしまいます。」

美咲の真剣な話を聞いた絵里は、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに言い訳を始めた。「ごめんね、美咲。でも、あなたがそんなに負担に感じてるなんて知らなかったの。私はただ、あなたがいつも手伝ってくれるから頼っていただけなの」と絵里は弁解した。

「でも、絵里先輩」と美咲は続けた。「私は先輩のことを大切に思っているし、助けたいと思っていました。でも、それが結果的に私自身の仕事や健康に悪影響を及ぼしているんです。先輩にとっては当たり前かもしれませんが、私には限界があります。」

絵里は一瞬言葉に詰まった。「でも、美咲、あなたが断ったことなんて一度もなかったから、てっきり大丈夫だと思ってたのよ。まるで母親みたいに何でもしてくれるから」と絵里は言い訳を重ねた。

「先輩、私は母親じゃありません。職場の同僚です。お互いに尊重し合う関係でなければならないと思います」と美咲は毅然とした態度で答えた。

その言葉に絵里はハッとし、初めて自分の行動が美咲にどれだけの負担をかけていたかを理解したようだった。「分かったわ、美咲。本当にごめんなさい。あなたがそんなに苦しんでいたなんて気づかなかった」と絵里はしおらしく謝罪した。

「ありがとう、絵里先輩。これからはお互いに助け合っていけるようにしましょう。私も自分の仕事をしっかりこなすために、必要な時には断ることを学びます」と美咲は微笑んだ。

その後、二人の関係は大きく変わった。絵里は美咲に対して無理な要求をしなくなり、必要な時には自分で解決するようになった。美咲も、必要な時にはしっかりと「NO」と言えるようになり、ストレスが大幅に減った。

お互いに尊重し合う関係になったことで、二人は仕事のパフォーマンスも向上し、職場全体の雰囲気も良くなった。美咲は自分の成長を感じながら、新しいチャレンジに向かっていく自信を持つことができた。

この物語の肝は、美咲が、自分の意見を相手の人格を否定せずに伝え、「和して同ぜず」を実践したことです。あなたの気持ちや限界を正直に表現することが、自分自身と周囲の人々にとって大切なステップです。